ユウシの作文

それでも 私は 文章をかくんだっ 自分が生きるために!!

子守唄

たとえば6、7年くらい前のおれが今のおれを見たら、きっと笑うだろう。

過去に笑われるようなことはなにもないがね。

おれは、今のおれが好きだ。

 

鏡に映る自分を見る。

白髪が増えた。

歳を重ねた自分を、嫌いではない。

なかなかシブいやん。白髪ごと、ゴムで束ねる。

 

祖父母の遺影が職場に飾られた。

それを見て思う。

ぼくが大好きだった祖父母は、もういないんだと。

その体は燃えてしまった。

 

おれはなにをそうがんばってるのか。

我慢してるのか。

何年か前のおれが見たら、きっと笑うだろう。

どうせ燃える体だろ?

 

ありきたりの幸せなんかいらなかった。

カタにはまった幸せ。

じゃあ何が欲しかった?

 

大丈夫だ。

必ず、全部失う。

だってその体は、いつか燃えてしまうんだから。

 

だから安心して生きたらいい。

残るものも全部燃える。

一瞬の幸せを超えるものはない。

後悔は全て錯覚だ。

目をつぶって、言い聞かせるように眠る。

まるで子守唄だ。

 

遠く、ばあちゃんの声で歌われている。

ああ、まだ燃えてないのかな。

 

吐き気がするほどロマンチックだぜ

めったにない、眠れない夜をなんとかやり過ごす。
時計の秒針は、毎夜こんな長いあいだ動き続けるんだな、と思う。
何も考えたくないはずの頭が、単三電池一本でなんとたくましい、なんて考え始めている。

眠れない夜を越えて、朝日が差し、おれは思う。
こんな夜と朝が初めてではないことを。
そして、これが最後なのか?と。

おれは18歳ではない。
40歳だ。

変わらなさが、驚くほど何も変わらないまま。
おれは世界一、おれっぽい。
変わりたくなかったんだろう。
そして、おれはおれのまま、自分も、まわりも、時の流れの中で、変わり続けていく。
ただ、目を逸らすことで変わっていくような変わり方は、したくなかった。
だからおれはいつまでも、こどもっぽさを手放さない。
認めたくない言葉だが、純。

18歳頃、したきりすずめのお話に、自分なら、という結論がついた。
きっとおれは好意で、スズメを助ける側の人間。それは疑わない。
でもきっと言うだろう。
「大きいつづらも小さいつづらも両方もらえませんかね?」

何が入ってるのか。
両方あけなきゃわかんないじゃない。
両方あけたいよ。
両方ほしいんだよ。

まるでこどもだ。

変わらなかった。
「どっちかしか選べないよ」
そう言われる不自由さを、おれの頭は必然と理解しても、おれの心は「そんなの不自然だもん」とはねのけた。

ときにそれが、誰かの幸福と相反する。
相反しなきゃいいのに、とは思う。でも相反する。
大切な誰か、であったときは
そのときは確実に選んだ。
おれの身勝手さを捨てる方を。
それもまた、「変わらなさ」だった。

そうやって歩いてきた旅だった。
もう、旅は終わりで、おれは変わり、変わったことで、いつか忘れるのだろうか。
仕事して、誰かのために憤ったりふんばったりして
94歳になったら、忘れるのだろうか。

ああ、話を聞いてくれる人がほしい。
それを探しに、歩きはじめる。
これは新しい旅なのか。
それとも、逃避行?
単に寄り道?
もう必要なくなって、寂しさも欲望も忘れて眠れるのなら、それはそれでいい。
変わるとき、がくるんだろ。
花に嵐のたとえもあるさ。

焼肉おごるぜ。話をしよう。
あみやき亭の平日半額キャンペーンでもいい?

あいちトリエンナーレへの補助金不交付(交付撤回)について。

ぼくは交付撤回に明確に反対だ。

まず今回問題とされた「表現の不自由展・その後」そのものについては、刺激的であるがゆえに興味をそそられるものだったし、見てみたいと思っていた。
単純に、脅迫などが相次いだことで、その見る機会が失われたことを残念に思う。
そして、見てみた結果、どう思ったか?という感想を持つ機会も失われてしまったので、展示そのものの感想、良し悪しは何ともいえない。見ていないので。

そんな限定的な「わかる範囲」で思うことだが。

まず慰安婦像や昭和天皇の(ように見える)写真が燃やされるといった作品が展示されることについて、不快に思う人がいるだろうことや、政治的な問題を内包することはよくわかる。
それが展示内容にふさわしいかどうかは議論が分かれていいと思う。
批判が起こるのも当然だし怒る人もいるだろう。

今回は「表現の不自由展・その後」という展示そのものが、過去に「展示内容としてふさわしくない」とされ排除された作品を集めて展示した「表現の不自由展(2015)」という展示の「その後」であり、その意味ではじめから「展示内容にふさわしいかどうか議論が分かれる作品」ばかりが集められて、議論が巻き起こることを前提にしたものであるため、展示への批判は当然の結果だと思う。
批判行為を批判するつもりはなく、批判的に思う人はじゃんじゃん批判したらいいと思う。
そのことで議論が起こることは、この展示の趣旨において本意と言えるだろう。
議論の中で「この中にある、多くの人を傷つける展示は、表現の自由において保護されるべきものではない」という内容があっていいと思うし、その結果、展示中止になることだってありえることだと思う。

しかし、それは、公権力を持った人間による圧力的発言(しかも展示を見てもいないのに)が認められるということではないし、脅迫行為によって中止させることに何の正当性もない。

例えばこの展示に反対の人がいたとしても、「展示中止」に至った手法が「脅迫行為」であったことには明確に反対するべきだ。
「まあ脅迫はよくないけど中止は仕方ないよね」より
「中止するべきだと自分も思うが脅迫は絶対に認められない」と思うべきだ。

そこにきてこの交付撤回決定。
文化庁はその理由として、「展示内容は関係なく」、補助金を申請した愛知県が「来場者を含め、展示会場の安全や事業の円滑な運営を脅かすような重大な事実を認識していたにもかかわらず、それらの事実を申告することがなかった」「審査段階においても、文化庁から問い合わせを受けるまでそれらの事実を申告しなかった」と説明した。
一理もないとは言わないが、審査の段階は京都アニメーション事件以前である。
右翼団体による抗議くらいは想定できると思うが、「来場者を含め、展示会場の安全や事業の円滑な運営を脅かす」がガソリン放火の脅迫を想定するような範囲だというのはさすがに無理ではないだろうか。

そしてこれは「悪しき前例」だ。
今後は、公的補助金が使われている事業について、少しでも議論を巻き起こすような内容のものについては、交付決定後でも、脅迫かましとけば交付撤回となりえる。
脅迫者にとっては好都合この上ない話だ。

しかも、この交付撤回は「あいちトリエンナーレ」全体に対してなのだ。
「表現の不自由展・その後」は全体の1%にも満たない小さな規模の展示であるのに。
「あいちトリエンナーレ」全体は有用であるし意義もある美術展だと思うが、減額ではなく全額交付撤回である。

これらの状況を踏まえた上で、愛知県知事が「再開を目指す」と発表した翌日に交付撤回の発表である。
今まで、こんな形で交付撤回された事例があったのだろうか。
「うがった見方」と言われるかもしれないが、「圧力」「検閲」というものを想像せざるを得ない。
もしそういう意図が働いてのものであると仮定するなら、上記以上に危機感を感じざるを得ない。

なお、「補助金(税金)なんか使わずに自分の好きなようにやれよ」という意見もよく見るが、ぼくは「それはそれ、これはこれ」という問題のように思う。
大きな規模の芸術展を開催するのに税金が使われることに異論はないし、ぼく自身はその芸術展の中にいろんな作品が入っていていいと思っている。中には、ぼくが見て不快に思う作品が入っていても。
だって、芸術や表現ってそういうものだと思っているから。
不快な気持ちにさせるのも芸術の持つ重要な要素のひとつだと言ってもいい。不快を排除した芸術なんて滑稽だ。
そして、そういうもの(不快さを内包した芸術)に文化庁が予算を使うのは、文化庁として当然の仕事だと思う。
(今回も、少なくとも表面上は「展示内容で交付撤回したわけではない」と文化庁自身が認めている)
それを「税金交付する側が気に入らないような展示やるならはじめから税金使うな」というのはお門違いだと思う。

そして、ぼくが勤める幼稚園も、補助金交付団体だ。
補助金をもらわずに、今の保育のクオリティは維持できない。
そこに「国の方針と違う教育するなら、補助金なんかもらわずに全額自費で理想の教育やれよ」と言われたら。
なんだか、自分とは関係ない問題とも思えないのである。

以上の理由で、ぼくは、交付撤回には反対です。

以下にも、賛同しました。
https://www.change.org/p/%E6%96%87%E5%8C%96%E5%BA%81-%E6%96%87%E5%8C%96%E5%BA%81%E3%81%AF-%E3%81%82%E3%81%84%E3%81%A1%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AC2019-%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E8%A3%9C%E5%8A%A9%E9%87%91%E4%BA%A4%E4%BB%98%E4%B8%AD%E6%AD%A2%E3%82%92%E6%92%A4%E5%9B%9E%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%81%A0%E3%81%95%E3%81%84

 

★追記★

なお、このように書いているが、ぼくは今回の「表現の不自由展・その後」問題について、あいちトリエンナーレ側や、芸術監督の津田大介氏に全面的賛成や擁護をしたいとは思っていません。
特に津田氏については、個人的政治思想を展示に込めすぎていると思うし、そうでないのなら「表現の不自由展・その後」というテーマに、もっと幅広く作品を選ぶべきだったと思う。
津田氏の功績として、今回「アート界のジェンダー平等」を実施したことがあるが、それならば政治的表現にも偏りがないほうがよかったのではと思った。
また、このように批判の対象ともなる展示をすることに関して無防備というか、要するに「なめていた」様子は動画からもうかがえるため、監督として責を問われる部分はもちろんあると思う。

また、例えば今回の展示がぼくの大好きなもの、たとえば手塚治虫先生だとか、キン肉マンだとか、藤子先生だとか、ロックンロールだとか、そういうものを揶揄・侮辱していると思えるような展示だったとしても、上記に書いた思いは変わりません。
美術展や作品そのものへの批判はするかもしれません。
いや、絶対するでしょう。
怒りもするでしょう。
それをあらわにするでしょう。
でも、だから脅迫していいとは思わないし、政治家が圧力的発言をしてもいいとは思わないし、補助金交付撤回していいとは少しも思いません。
今回の思いは、ぼく個人の趣味・思想を超えたところにあることは確かです。

 

またね、ばあちゃん

9/23、ばあちゃんが亡くなった。
藤子・F・不二雄先生と同じ命日。

4ヶ月ほど前に亡くなったじいちゃんは5/2、忌野清志郎と同じ命日。
夫婦そろって、覚えやすい日だこと。

特に病気というわけでもない。
94年、生ききって、死んだ。

父方の祖母。
これはまあ、おれのような、孫から見て、の話だが…
どんなばあちゃんだったかと言うと。

そう、ばあちゃんは、海賊のような人だった。
あと、見た目はエリザベス女王チンパンジーを足して1.7で割った感じだった。
キース・リチャーズにもちょっと似てる。
…総合するとチンパンジーっぽいという話だな。

4歳で父を亡くし、母子で暮らしてきた祖母は、戦後の荒れた町を見て
「これからは、女が自立する時代だ」
と思ったという。

ほどなく、近所のお寺の境内で、21歳にして洋裁の私塾を立ち上げる。
それは、「手に職を持ちたい」という、時代の女性のニーズの中で発展し、
いつしか学校法人となるにいたった。
そして、洋裁学校のニーズが減ってきた時代、ばあちゃんは、幼稚園を作った。
それは、洋裁学校を始めたときからのばあちゃんの目標、夢であったそうだ。
ばあちゃんが一貫して思っていた、「女の自由、女の自立」。
そのためには、保育園か、幼稚園だ、と思っていた。

(…聞いた話では、このあたりの経営的手腕というか…
そんな中には、「海賊っぽい」エピソードが散見されるのだが…
ネットに書くにはふさわしくない内容なのは僕にもわかるので、割愛する!)

ある意味において、おれは今も、ばあちゃんの夢の中にいるのさ。

そんなばあちゃんと、前にもここに書いた、知性と反骨の男、じいちゃんが出会う。
ふたりは結婚においても時代の常識に縛られない。
父が中学に入るくらいまで、結婚(入籍)そのものもせず事実婚状態で、父は二つの姓を適当に使い分けていたらしい。
そして
「そろそろ息子も姓がはっきりせんと面倒だから、入籍するか。
じゃあ、おまえ(息子=おれの父)、好きなほうの苗字を選べ」
である。

21世紀になっても嫁入りだ婿入りだとごちゃごちゃ言ってる人が普通に多い日本で、1960年代にすでにこれ。
苗字を自分の息子に選ばせるというテキトーさ。
テキトーじゃないな、それは思想だ。
祖父も祖母も言いそうである。
「苗字なんてのは人間の本質に関係ないから、どうでもいい、なんでもいい」

めでたく「祖父の苗字はダセーから祖母のほうで」という実に子どもの決めそうな理由で、わが一族の苗字が完成する。

(なお、本人たちは自分のことを自慢しないので、おれも最近知ったのだが、じいちゃんは名古屋大学卒業の際に総代をつとめたほど優秀で、ばあちゃんはその強い意思に加え、昔はミス○○(市町村名)に選ばれたこともある美貌だったというので、きっとふたりは激しく恋に落ちたと思うのだが、本人たちに「なんで結婚したの?」と聞いても「わしらは思想で結婚した」としか言わないのであった)

そんな祖父母なので、遺言もきちんと用意してあった。
近年は認知症も進んでいたが、まだ頭がハッキリしていた8年前に書いたそれは、見事なものだった。
残されたものが、誰も困らない。
遺産相続はもちろん、自分たちが亡くなった場合の葬儀の段取りもハッキリと指定されていて、かつ、葬儀場への支払いは自分たちで済ませていた。
そして、延命治療はするな、死ぬべきときがきたら死ぬと。

葬儀は家族葬で、ごく近しい親族のみで行われた。
香典はすべて辞退。
シンプルな葬儀だった。

葬儀で、8年前に祖母が書いた、自身の葬儀用の挨拶文が読まれた。

そこに書かれていたのは、要約すると、こういうことだ。
「いろいろあったがいい人生だった、満足している」
「それらは、周囲の人たちのおかげだった」
「ありがとう」

最後の一文は
「それでは失礼します、さようなら、さようなら」

洒脱な文章だった。

いろいろあった祖母の人生が、最後の幕を閉じたのだった。

ばあちゃんが言っていた「大事なこと」は、とてもシンプルだ。

「自由に生きな」

そして

「仲良くしな」


冷たくなったばあちゃんが、棺の中で横たわる。
本人の希望で、自身の両親の位牌と共に。
ばあちゃんの着ているのは、自分で仕立てた服。
美しい姿だと思った。

こんな日がいつか来る。
そう知っていたから、何年間も、ちょくちょく、祖父母の住む介護マンションに遊びに行った。
曾孫の顔を見せ、おれの顔を見せた。
ばあちゃんは寝たきりでテレビを見て、せんべいばかりかじっていたが、おれが行くと喜んでくれた。
必ず手を握って、そのときできる会話をした。
そして帰り際は、必ずばあちゃんのおでこにキスをした。
ばあちゃんは、いつもそれを喜んで笑ってくれた。

いよいよ出棺、お別れのとき。
いろんなことを思い出し、これで最後かと思うと、涙が出て、止まらない。
でも、いつもどおり、さようならは、おでこにキスをした。
笑って喜んでね、ばあちゃん。


祖母の体は燃え、骨を拾った。
祖母はもう、いないのだ。

しかし、実感がある。
祖母がいたから、今のおれがあるのだという実感。
DNAだけとは思えない、「おれの中に祖母がいる」という確かな感覚。

ああ、これが生きるということか。

いつか死ぬに決まってる。
なんだ、これが答えか。
悩むことはない、苦しむことはない。
生ききって、死ねばいい。
残そうと思うことすらいらない。
残るのだ。当然に。


「自由に生きな」

「仲良くしな」


じいちゃんや、いとこと
先に仲良くやっててくれ。
おれも同じところに行けるように、生きてくよ。

じゃあね。また。

そうだ、気軽に。

ぼくは自民党の政策には納得いってないし、安倍総理は信じられないし、はっきり言うと嫌いだと思ってる。

でも、友人が自民党を応援してる、と言ったとしても、友人をやめようなんて思わないし、その友人が困ってたら助けるし、一緒に遊ぼうぜと言われたら遊ぶ。

単純な話、友達のほうが大切だからだ。

意見の違いでケンカすることはしたくない。
でも、しり込みせずに自分の思いは言葉にしたい。
そのときは、相手をちゃんと尊重したい。心をこめたい。
議論するならお互いを尊重したい。友達ってそういうもんでありたい。

亡くなった祖父はリベラルだったが、保守派の本を読んでいた。
自分とは違う意見を読まなければいけない、と言っていた。
「本」を読んでいた。
140文字のTweetでも2分の動画でもない。
本を一冊。

SNSは、自分に近い意見ばかり集まってくる。
見方によっては、徒党を組んで慰め合うかのように。

ぼくは友達を大切に思う。
でも同時に、たったひとりの人間として独立していたい。

そんなことを思う、参議院選挙期間。
みんな、投票日は7/21、期日前投票イオンモールとかでもできちゃうんだぜ。
夜8時まで。

一人の人間として、自分の思いを形にしようぜ、お互い、ね。

HAPPY BIRTHDAY

今日は祖父の誕生日。

毎年、この日は祖父に会いにいってお祝いをした。

 

祖父は、2ヶ月前に亡くなった。

死んだ祖父の誕生日を祝う不思議な感情。

 

ジョン・レノンキリスト教圏にいて

「想像してごらん、天国なんてないんだと」と歌った。

無神論者の僕は、天国を想像する。

きっと今頃は、圭輔とお祝いしている。

 

「はいじいちゃん、プレゼント」

「おお、ありがとうな」

「ふたりだけでお祝いってのもさびしいけど、こっちにはまだふたりしかいないからなぁ」

「わしがやっときたところだからな」

「みんな早くこればいいのにな笑」

「おまえ、バカなことを言うじゃないぞ。長生きしたほうがいいに決まっとるだろう」

「冗談だよ、冗談、まあそのうちみんな揃ってお祝いできるさ笑」

 

妄想しながら、おれは今日を生きる。

亡くなった愛する人を思いながら、今を生きる。

今夜は渋谷でブルースを聴く。

天国があろうとなかろうとやることは同じだ。

 

笑顔ってバカっぽいじゃんか。

園庭で大泣きしていた3歳の女の子。

近づいて、どうしたの?と聞く。

とても泣いているので、だっこする。

すると「おろして…」と言われる。

おろして、気持ちに寄り添おうと、ひざを曲げ横にしゃがみこむと、「はなれて」と言う。

手は強く、おれの体を押して、決して目は合わせない。

 

そう、好意だからって、受け取ってもらえると決まったわけじゃない。

 

もうじゅうぶん大人になったおれだけど、すこし傷つくような感覚を胸に残す。

わかってる。わかってるんだけどね。

そしておれは笑って、そこから離れる。

 

好意だからって、受け取ってもらえるわけじゃない。

だって、相手はそれを求めてないかもしれないんだもの。

当たり前のこと。

 

ずっと受け取ってもらえないかもしれないけど

からしつこく渡すこともしなくなるけど

好意をもっていたいよね

いつも上機嫌でいたいよね

怒れることも泣けることもそりゃあるけれど

なるべく短くしたいよね

 

それは、だれかにしてもらうことじゃなくて、おれが、ひとりですること。

うしおととら」のうしおみたいに。キン肉マンみたいに。

 

今日もバカ面さげて生きていきます、ヘラヘラと。