ユウシの作文

それでも 私は 文章をかくんだっ 自分が生きるために!!

イナズマン

今日、窪塚洋介がネットのトレンドに上がっていたので、てっきり伊勢谷友介のイモヅルで逮捕されたのかと思った・・・

 

たとえば20代の前半あたりとか。大学生の頃とか。
男に限った話なのかわからんけども。
「自分はクソ野郎だぜ」
とか思ったり口に出したりするようなポーズあるよね。
俺はクズだ。
俺はダメ人間だ。
みたいな。

おれもあった。めっちゃあったと思う。
そういう意味でシド・ヴィシャスなんかを都合よく解釈して自分に重ねたりする。
お前のどこがシドやねんと。キャプテン翼の次藤くんみたいな図体しやがって。

あれは自己分析だと、「安心」したいんじゃないかな。
現実って複雑だからさ。
政治とか選挙とか
仕事したり貯金したりさ
市役所で手続きしたり税金払ったりさ。
いろんな現実が見えてくるじゃない。
こどもから大人になる過程で。
「自立」の過程で。

その中には、思うようにならない現実もたくさんあって。
イライラしたり。それで人を傷つけたりね。あるじゃない。

そこで「クズになった僕」の出番ですよ。
「空っぽの僕」でもいいけども。
それをあえて出す。
そんなこんなあるけども、自分はクズだから「仕方ない」みたいな安心の得方というか。
さらにちょっと被害者ぶってるみがあったりさ。

まあ認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちと言うものを。
過ちっていうか、赤面するような、でもその時は必要だったかもしれない途中過程。
思春期みたいな・・・
誰にでもわかりやすいように例えると、イナズマンで言うところのサナギマンみたいなものだな。

こういう「俺はクズ(だから仕方ない)」現象は、彼女と海ばっか行っちゃうパリピ気質な人にも、暗い部屋でひとり古いにっかつ映画を夜中ずっと見てるような人にも、同じように起こったりするから、誰にもサナギマンなんだと思う。

さらにそんな頃はクールぶってなにごとも接頭語みたく「別に」とかつけちゃったりするからな。
沢尻か!
沢尻もあのとき21歳だぞ。
沢尻もサナギマン。美しいサナギマン。元気かなぁ。イナズマンになったかなぁ。

だからまあ、そういう意味じゃあわからんでもない。むしろわかる。
クズになった僕をとか言っちゃうの。わかるよ。
過去として。懐かしさをもって。苦笑と共に。おれだってサナギマンだった。
だけどなぁ現実に生きていくには坂口安吾堕落論」の後半が必要なんだよ。
それなり落ちたら上がるしかねぇ。
地道に毎日生活やるんだよ。
「クズになった僕」みたいなこと言って自分を慰める余裕はねえ。
選挙行って税金払って生きてくんだよ。
9階から飛び降りたって生きてる以上は生き抜くさ、なにをやっても。
ときに「モーレツ!オトナ帝国の逆襲」見て涙ぐんだりしながらも
汗かいて、頭使って、
毎日なにかをがんばっていりゃ
生きていくんだ。それでいいんだ。
ここで玉置浩二だよ。わかるかい。
クズにならないように。一生懸命。やるんだよ。
それがイナズマンになるってことだ。

だいいちな
20代前半のガキがイタリアの香水なんて早いんだよ!
甘い香りがほしいなら鬢付け油でもつけてろ!
別に力士を求めてないけど 横にいられると思い出すだろうさ。
それかクレ5-56にしとけ。その感性が錆びつく前にな!
なにがD&Gだ。ガキが。ガキのDGは電気グルーヴだろ。「N.O.」聴いてろ!!
マルチェロ・マストロヤンニくらいになってから使えや香水なんぞは。

そうそう、おれ、窪塚洋介と同い年よ。
お互い現実でがんばろうぜ、もう二度と9階から飛ばないように。
でかい口を叩いた以上、がんばりましょ、お互いね。
もう41歳。自分はクズだなんて言ってられないぜ。
毎日、一生懸命、生活。
まわりの誰かが喜んでくれた方が、自分も楽しいもんね。気づいたよね。
21歳の自分より、今の自分が好き。
戻りたいなんてちっとも思わない。
なんでもできる気がしてるよ、今のほうが。
…あー、それにしてもおれもさ、ドルチェ&ガッバーナの香水の匂いがする女の子から3年位ぶりにLINEこないかなー夜中にいきなり。どうしたのもこうしたのも、寝てて気づかないと思うけどさ。ていうかそんな匂いの知り合いいないけどさ。クレ5-56の臭いするのならいる。
あと、女の子を好きになると香水とかじゃなく頭皮の匂いをかぎたくなりませんか。つむじあたりを。それは一般的ではないですか?
よく幼稚園の先生は落し物の匂いをかいで、誰のか当ててますけれども…
嗅覚は五感のうちでも長期記憶領域に残るらしいからな!
とりあえず伊勢谷も窪塚もがんばれよ!おれもがんばるわ!じゃ!!

 

※知らない人もいるかもしれないので念のため

https://www.youtube.com/watch?v=9MjAJSoaoSo

今年の大ヒットナンバーらしい。

マクドナルド

例えば、「マクドナルドなんて不味い」って平気では言えないんだな、俺は。

ジャンクフード、添加物が、カロリーが。そういうことじゃなくて。

俺は恵まれた国の恵まれた家庭に生まれ恵まれた育ちをしただけだ。
中学生の頃、戦場ジャーナリストの写真を見て気づいた。俺が幸せなのはたまたまだって。

マクドナルドを食えない人間は世界に山ほどいる。
栄養が偏って体に悪いジャンクフードを食うことができずに飢える人間が。

だからって俺は自分の欲望を肯定する。
置かれてる立場に関わらず人は欲望を持つ。
希望と言い換えても構わない。

でもよせめて品を失いたくない。
自分と世界への抵抗だ。
パンクロック。行き着く先は、自分。
クソッタレだけど優しいんだよ。

品を失うな。
だから旅をする。
愛するためにだ。
品は、愛から生まれる。
俺はインドに生まれなかったからインド人じゃなかった。
インド人かもしれなかっただろ?
インド人を愛するためにインドに行く。
あの野郎、クソッタレ、と思いながら牛の糞を踏む。
でも俺があいつだったかもしれんしな。
俺がインドでサギしなきゃ生きていけないところに生まれなかっただけでな。
俺の旅は、味わって、愛することだから
高級なホテルや快適な移動はいらない。

今は日本を旅してる。
愛するためにだ。
マクドナルド、じゅうぶん美味しいよ。
もっと美味いものがどれだけあっても。
俺は幸せだ。幸せを感じることができるからだ。 

大丈夫。俺は生きてる。

半分で歩く

いつもの山を歩いていた。

ふと思い出した。

もう何年前だろう。10年くらい前だろうか。

仲間たちと、山中の、誰も通らぬ道なき道を歩いていて

そのうちのふたりは、仲睦まじくつきあっていた。

おれたちは、誰がやったのか、倒れていた木にナイフで相合傘を描いた。

つきあっているふたりの名前を刻んだ。

本人たちは、ただはにかむのみ。

かわいい悪戯だ。

ちょっと茶化したかっただけの。

 

あの木は、あの相合傘は、まだ刻まれたまま残っているのだろうか。

きっと、あの山のどこかで、まだ残っている気がする。

もう場所も忘れてしまった。

 

ふたりはその後、別れ、別れきれず、しかし別れ、今は別々の人と結婚した。

それぞれ、幸せそうに暮らしている。

そしてふたりは今もまだ、仲良しだ。

 

相合傘、その祈りのような、小さな夢のようなものは、叶ったのだろうか。

 

歩きながら、思った。

夢は、だいたい半分、叶う。

ずっといっしょにはいられなかった。

でも、今も仲良くいつづけている。

 

夢は、だいたい半分、叶う。

それを絶望とは思わない。

希望と抱いて、今日も山を歩く。

 

いちどだけ

おれは今に生きている。
過去に戻りたいなんて思うことはない。
実際には悩むかもしれないけどな。「戻してあげようか?」と言われたらな。
でも、戻れないんだから、戻りたいとも思わない。
そんなことより、今だ。
今最大の楽しみを。生きているってことの最高の喜びを欲望を幸せを。

だけど、「過去」をひとたび思うと、とたんに胸が苦しくなる。
だから、そういう時はとっさに、エロいこととか考えて、逃げる。
思い出さないようにする。考えないようにする。逃げる。

例えば大学生なら。
あの夏の日、一人暮らしの部屋で、とか。
プリントゴッコでTシャツにプリントしまくって、Tシャツだらけになった床とか。
部活のほら、キャンプしたとことか
八王子の、west:codeのVJブース。バックヤードのビール。
あーだめだ。例を出そうと少し思い出すだけで苦しい。
忘れよう。エロいことエロいこと…


なんで自分はこうなのか、と考える。
過去なんてもう戻れないんだから無価値だろ。
苦しくなる必要ないだろ。
今に生きろよ。
「今」だけでいいだろ。
もう考えるな。

ずっとそう言い聞かせてきたけど、やっぱ無理。

過去を思うと即座に胸が苦しくなるのは、絶対戻れないからだな。


未来はわからないじゃん。
なにが起こるのか、まだ。
わかんないことに、不安はさらさら、ない。
テキトーな性格だ。
いつか死ぬ…とか思ってたら、500歳まで生きられる技術が誕生するかも。
2年後、剛力アヤメ(字も知らない)とつきあってるかもしれない。
トマト農園で働いてるかもしれないしさ
大学生くらいの愛人と東南アジアでリゾートホテルに泊まってるかもしれないじゃん。

わからないけど、絶対たどりつくよ、未来は。
死んだら終わりだから考える必要もないしさ。
絶対たどり着くんだから楽観的だ。
楽しみじゃねーか。
きっと楽しい日々だ。


でも過去はな。
どれだけ楽しかったことも。苦しかったことも。
絶対二度とたどり着けない。


ああこの胸の苦しさがおれの生きてきた熱量、価値、誰にもわからぬおれだけのもの。
それだけ過去は素晴らしかった。
今がどれだけ素晴らしくても
おれの生きてきた過去の素晴らしさは変わらない、永遠。


苦しくない人生が欲しいか?
イヤなこった。
苦しみと、対になった喜び、楽しみ
例えば恋のような
凪いでない空、焼ける夏の日差し
全部味わって、苦しさも喜びも
「なるべく小さな幸せと なるべく小さな不幸せ
なるべくいいっぱい集めよう そんな気持ちわかるでしょ?」
そう生きてきたから、今、苦しい

選んできた。おれが。おれの意思で。

過去には戻れない。
その一点だけで胸が締めつけられる。

そして今日もエロいことを考えて、生きていく。

羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶。
つまり、レッツゴー。

 

 

寄り道

楽しい旅だったか?
と問われたら、もちろん、楽しい旅だったよ、と答えるだろう。
しかしもしも、楽しめたか?と問われたのなら、首を縦には振れない。
そんな旅だった。

初めての場所、美しい景色、食べたことのない食事。
それは、ずっと心に重く苦しく現れるたくさんの感情を消し得ない。

オートバイで走りながら、頭上の大きなオリオン座に気づいた。
街灯のない道の星空。

この景色を見せたい、そう思っても、この街にもう二度と来ることはないのだろうな。
奇岩に挟まれた道を走りながら、二度と戻らない人生を思う。

楽しかった記憶。
訪れた場所。
共有した経験。

一方通行の生命は、だからかけがえがなく、だから失敗という概念をもたないはずだ。
後悔なんてあろうはずがない。
ただ、切なくなるだけだ。
寂しくなるだけだ。
それを埋め合わせる楽しさは、おそらく存在しない。
切なさも寂しさも、100%の純度で、ただ受け入れるだけだ。

あらゆる方角から騒がしい音楽が響き、酒に酔った色々な言語が行き交う繁華街で、なぜか死んだ祖父母を思い出していた。
「人間てのは、本当にどうしようもない」と口にしながら、それでも人間を愛していたに違いない祖父だった。
この街では酒とご馳走が余り漏れながら浪費される。少しの金で明るく楽しい女の体と時間が買える。
道を歩きながら、いつか死ぬ日のことを考える。

帰りの飛行機が墜ちたら。
別に構わない気がする。
やりたかったことも行きたかった場所もまだまだある。
それでも、いまこの人生が終わることに悔しさはない気がする。
当然のことのように感じる。
そんな感性に、旅の同行者や飛行機の同乗者を巻き込んじゃいけないのだが。
おれは人を傷つけて生きてきた。
ただその理由だけで、死は妥当だ。

それでも飛行機は堕ちないだろう。
だから人生は続く。続きやがる。
なら、今しかない。

今しかないから、旅を続ける。

さあ、どこに向かおうか。
死という最後のゴールまで、たくさん、たくさん、寄り道を。
なるべくまっすぐ行かないように。
オートバイも、心も、ゆれながら、別れながら、忘れながら、大切な荷物を抱えて進む。

二度と戻らない美しい日々よ。苦しい日々よ。
さようなら。
またいつか。

夜に走る

悩みはそのうち飛んでって消えちまう。

 

おれの体が、そのうち魂を失って、灰になるか、風になるか、飛んでって消えちまうように。

 

「これでいいのだ」

 

それでも。それだから。
今、悩む。今、生きてるから。今、必要だから。

 

これでいいのだ。

 

今夜も走る。
5キロを超えたところだ。
今夜も走る。
悩みながらでも、人は走れる。おれは走れる。

 

足りないことは何もない。


これでいいのだ。

 

夜に走る。

 

子守唄

たとえば6、7年くらい前のおれが今のおれを見たら、きっと笑うだろう。

過去に笑われるようなことはなにもないがね。

おれは、今のおれが好きだ。

 

鏡に映る自分を見る。

白髪が増えた。

歳を重ねた自分を、嫌いではない。

なかなかシブいやん。白髪ごと、ゴムで束ねる。

 

祖父母の遺影が職場に飾られた。

それを見て思う。

ぼくが大好きだった祖父母は、もういないんだと。

その体は燃えてしまった。

 

おれはなにをそうがんばってるのか。

我慢してるのか。

何年か前のおれが見たら、きっと笑うだろう。

どうせ燃える体だろ?

 

ありきたりの幸せなんかいらなかった。

カタにはまった幸せ。

じゃあ何が欲しかった?

 

大丈夫だ。

必ず、全部失う。

だってその体は、いつか燃えてしまうんだから。

 

だから安心して生きたらいい。

残るものも全部燃える。

一瞬の幸せを超えるものはない。

後悔は全て錯覚だ。

目をつぶって、言い聞かせるように眠る。

まるで子守唄だ。

 

遠く、ばあちゃんの声で歌われている。

ああ、まだ燃えてないのかな。